日々是創造

外出自粛期間を機に、

数十年来の布・糸類の一斉整理にとりかかる。

まさにカオス、膨大な宝の山。

学生時代のもの、京都のアトリエ時代のもの、海外で購入したもの、

東京へ来てからのもの。手芸のもの、オブジェのもの、日常のもの、特殊な加工が施してあるもの、

綿、絹、麻、ポリエステル、レース。リボン、ミシン糸、刺繍糸、毛糸等等々。。。

「いつか使える」と、とっておいたものたち。

「何かに使ってね」といただいたものたち。
長いものは数十年眠ったままのものもある。

一つ一つ手にとり思い出を辿ると共に、ああ、布や糸に触れているのが本当に好きだなあと思う。

どれだけITが進歩して大量生産の時代になっても、手作業の温もりは最後に残るだろう。

どれだけコロナで自粛しても、人と人との直接のふれあいの得難さはリモートを超えることはない。

ここ数ヶ月のコロナによる自粛環境は、日々の過ごしかたについて改めて考える良い機会となった。


例えば私の卒業論文は英文のタイプライターで打ったものである。

ホワイト(死語。。。?)修正することは不可で、1字打ち間違えたが最後、ページの最初から

打ち直し。本文は変わらないのに、どれだけ丸めた紙の山ができたことかww

携帯電話の普及も20代で、最初は「束縛されるからイヤ」のアンチ時代もあった。

パソコンの普及も似たような時期で、「ウインドウを開く」と言われてもちんぷんかんぷん。

FacebookもTwitterもInstagramもない。

あの時代に比べれば、外出自粛とはいえ、

ネットを通じて相手の顔を見て話せる今の世は、なんと進化したものだと思う。

もちろん私も現代のテクノロジーの恩恵を受けてはいるが、

すごもりの間、「昔にあった余韻」というものを思い出し、懐かしくなった。


誰かに話したくなったときに手紙を書こうと思い立つ。

そのために便箋、封筒を選ぶ。その人の顔、反応を思い浮かべながら文章を綴る。

切手を選び、ポストへ投函しに行く。相手にはいつ頃届くだろうと思いを馳せるだけでも楽しい。

しばらく経って相手から返事が届く。もちろん自筆の。行間から感情があふれている。

ご無沙汰している友に、恩師に、自宅から、旅先から、余韻のあるやりとりが交錯する。

黒電話もしかり。繋がるのは相手の家だから、誰が最初に応対するかわからない。

好きな人の家にかける時などは、家の人が出たらなんとご挨拶しようと緊張MAXになりながら

ダイヤル(これも死語??)を回したものである。

相手が不在、またかけるかどうか迷う。

そのうちかかってきたりもする。

今ならメール一本、電話も直通、スピーディもときには便利であるが、

即席麺のようでもある。

時は逆行しない。前へ前へ進んでゆく。

そして繋がるのは必ず未来である。

一瞬マイナス要素が溢れたように見えても、それはプラスの鏡面である。

​スピードも、そして余韻も楽しみつつ

より、コミュニケーションを大切に。

より、ご縁を大切に。

ハレの日の、美しい一瞬のためのものづくり。

心豊かに

​日々是創造。

​(写真は糸の一部)